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金曜日, 7月 01, 2011

金沢の建築家11

建築家北川美菜子さんのオープンハウスに行ってきました。



北川さんは東京で設計事務所をされているそうですが、金沢出身の女性で20代。

ここ最近住宅を見せてもらった建築家で最年少です。

例によって住宅は場所を探すのに苦労します。

周囲を2周ほどして到着。現場に行くとすぐにこれが建築家の家とすぐ判ります。
それは奇抜だからではなく、廻りの建物があまりにも紋切り型で高度成長時の悪しきスタイルが多いからかなと思います。
一昨日もある講演会で金沢はこれから産業ではなく文化で生きていかなければならない、そのためにも個々が文化を意識していく必要があると大学の先生がおっしっていました。金沢の時代々々で後世に残った文化があるけれど、我々の時代は何も残せなかったと言うのは金沢で暮らし、文化の恩恵を受けている者としてどうかとおっしゃる。要するに「お前らいいもの作れ」との事。


で、その家は「建築好き」なんだなーと感じる住宅です。20代・女性・建築家と言う勝手に抱いていたイメージが物の見事に裏切られます。四角いブランに方行屋根+モダンな腰屋根と言う建物です。
パッと見新しい挑戦がなされた物には見えませんが、好感ある既視感という感じです。なんだか始原的な雰囲気さえ感じるファサードです。ちかもり遺跡や御経塚遺跡が近くにあるからなんか関係あんのかな~というのは考えすぎか。




内部を拝見させて頂くと正方形の田の字ブランで廊下がなく、家の中をぐるりと一周できます。古い民家によく見られるプランです。

ここまで書くと復古主義か?というと否です。
この家の面白い・新しいところは正方形の4辺に沿って一周すると目に入るコーナーに柱が無くてガラスで開放されているところです。見学中も家主さんや見学者は自然と角に佇んでいます。
大屋根の下の一体空間という趣が頂部のトップライトで示されて、角を開ける事で緩く4ヶ所の領域ができています。

柱を立てる事で場所を示すのではなく、消す事で場所を示めせる事がわかります。
角に柱がないということは構造的にも工夫されているはずなのですがさりげないです。



既視感がありながも、コンセプチャルでいて、でもそれに凄みを持たせない…、というところがこの家の好感度が高いところでしょうか。


水曜日, 2月 23, 2011

野町湯復活

金沢に野町駅とい駅があります、その駅前に野町湯という銭湯があります。
ここは前回書いた「西の茶屋街」から歩いて5分くらいです。ここは3年くらい前に営業をやめたのですが昨年再開してくれました。子供のころ親友としょっちゅう通った銭湯なので大変うれしいです。
自分の子供のころの行動範囲内にモザイク画があるような銭湯が5件はありましたが今は2件だけです。近くに都湯というのもよく行きましたが今はありません。


久しぶりに銭湯に行くと自分の体と精神がなまっているのがよくわかりました。それというのも湯船が熱くて入れないのです。大抵、薬湯と普通の湯の2つの湯船があるのですがどこでも決まって薬湯はぬるく普通の湯は熱いのですが、しょうがなく薬湯にとりあえず入ります。隣のおじさんと「ここの風呂こんな熱かったんけ?」「おいや、洗い場が寒いし熱ないとゆざめすれんて」と会話し、このままあがってしまうのも男がすたると意を決して大きい湯船に入りましたが1分もたずに、若いころこんな熱い湯に入っとったんか??と思いながら、ギブアップ。


さあ、建築です。子供のころはなんとも思わなかった風呂屋が宝の山に見えます。
入口の庇の軒天は竹を割って並べてあります、入口の戸は縦涌模様の型ガラス、窓ガラスは渦文様のガラスこの辺は水を使う商売だからか?窓枠にもくり型がついている、脱衣場の天井はモスグリーンの格天井で銀杏も取ってあります(風呂屋は寺院を模していると言う説はホンとか?)、脱衣棚は無垢の木製、錠前も真鍮か、なんといってもモザイクタイルがかっこい~、体重計や脱衣籠も昔のまんまです、福助と招き猫が対になって番台の上に鎮座しています。
幸い脱衣所にお客さんがいなかったので、番台のお母さんに写真を取る許可をもらうことができました。



上の看板は今で言うホームパージ、銭湯は情報交換の場であったことが思い出されます。
さいごはお決まりのコーヒー牛乳をいただいて、おばちゃん「あんやと」。

日曜日, 10月 24, 2010

金沢の建築家10

杉山真

建築家紹介も10人目です。
今回は杉山真さんです。

杉山さんは建築家野村加根夫先生のお弟子さんです。
野村先生は秋篠宮邸の設計や外国の日本大使館などを設計された建築家。吉田五十八さんのお弟子さんで和風建築設計の大御所です。

金沢は地域柄、和風建築のニーズも多いと思うのですが意外と、というか難しいので当然なのか?品のいい数奇屋建築を設計できる建築家は多くありません。ぽっと出の若手が建築雑誌片手に設計できる代物ではありません。40代建築家で数奇屋建築を設計できる貴重な数少ない一人ではないかと思います。

モダンな住宅も手掛けており、数奇屋建築のノウハウを融合させるような住宅ではないかとおもいます。


もう一つ杉山さんの事務所の特徴はオープンシステムで現場を進めるという点です。
そこでオープンシステムとは?
住宅を立てる場合

ハウスメーカーに依頼。
工務店の設計施工で依頼。
建築家に設計依頼の上、工務店に工事依頼。

この3つが主流だとおもいますが、工事をメーカーに依頼すると工事費の約50%は経費、工務店なら30%と聞きます、しかもそれが見積書には現れない、不透明だという声もあります。

オープンシステムとは建築家が施主に代わって陣頭指揮をとりながら各職種に分離で発注する方法です。そのことで建築家への報酬は上乗せされますが、工務店やメーカーのマージンをカットできるので結果的にいいものが割安でできるということらしいです。第4の方法としてそれもありではないかと思います。

金沢でこのシステムを採用している建築家も数人おられます、デザインよりも透明な現場管理・透明な発注形態に重きが置かれている印象があります。施主の利益を追求することは最重要ですが、街に立ち現れるにはそれなりの意匠が必要です。

そのなかにあって杉山さんはデザインも両立させているのではないかと思います。






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火曜日, 9月 21, 2010

金沢の建築家9

toit-design 戸井 建一郎

西泉のメガドンキーの東を西金沢駅の方に向かって走っていると、ちょっとカッコいいキューブがいつの間にかそこに置かれていた。
なにか気になる建物だな~と、いつも気になっていたのだが、信号待ちで丁度その前で止まった時、大きなスクエアな窓から無数の白い模型が見える。そして数人が模型を囲んで会議をしているような雰囲気。
それが建築家「戸井建一郎」率いるトイットデザインの新オフィスだった。

「率いる」と書いたが、多分私が知る限り金沢で建築系デザイン集団と呼べる唯一の存在が「トイットデザイン」ではないかとおもう。
いままで紹介してきた金沢の建築家・アトリエは建築家が一人ないしは弟子含め2人くらいでやっていて、アウトプットされるものには良し悪しは別にして恣意性が強くならざるを得ない。
「○山×男建築設計事務所」などという社名にそのことが表出しているともいえる。




よく言われる事であるが、優秀な建築家の事務所からは優秀な弟子が巣立つ。戸井さん自信も建築家・鈴木エドワードさんの弟子である。
しかし金沢では既存の建築系アトリエから若い才能が育ったとはあまりきかない。もしかするとトイットデザインがその先駆けとなるのかもしれない。

なぜ優秀な建築家の事務所から優秀な建築家が次々輩出されるかといえば、それは議論の場が多いからだと私は感じる。一個のプロジェクトに数人が意見をぶつけ合い、デザインがブラッシュアップされていく過程を自分もいくつも経験している。個性的な建築家であろうとも一人の発想では限界があり、やはり集団の力というものはあなどれない。

信号待ちで見た光景からそんなことを思いながらトイットの作品を参照してみるとやはりブラッシュアップされたモダンな空間が気持ちよさそうである。あまり特異な形態に凝るわけでもなく、周りの環境にフィットするように素直にプランニングされた平面に、無駄をそぎ落としたデザインが立ち上がる。そのストイックさは、個人の形への欲望を抑制するシステムが自然によい方向に効いているのではないだろうか。

金沢の建築家2で書いたように、並居る団塊周辺世代の建築家に割って入って建築賞を受賞した、わずか2人のアラ40建築家の一角であることがそのシステムを言い当てているのかもしれない。



http://www.toitdesign.com/






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木曜日, 6月 03, 2010

金沢の建築家6

吉村寿博

今回は「金沢の建築家2」で書いた金沢第三世代の建築家です。
吉村さんは21世紀美術館の現場監理をしておられたそうです。妹島和世+西沢立衛/SANAA におられました。

最近自宅が近所との縁で美しい奥様と吉村さんと3人で豚足を食べました。島根生まれで金沢の湿った気候にもストレスが溜まることはないそうです。

ここまで建築家の印象的なコトバを切口にしてきましたが彼のコトバは「人との出会いや繋がりを大事にする」です。

ちょっと意外? 妹島事務所なんて聞くときっと精鋭ぞろいの切れ者ぞろいだからもっと尖がっているんじゃないかと。

そのコトバが建築空間とどう関係するのか…、雑誌「新建築」に掲載された長谷川裕子学芸課長の文によれば「共存・共同・意識」がコンセプトのバックボーンになっているとのこと。
!!なるほど言い換えると「人との出会いや繋がりを大事にする」事でまるびいの空間ができたのでしょう。その態度は「気負わず素直に考えつくす」という大事さを教えてくれるようです。

同じ新建築掲載の設計の解説文からもそれが伺えます。「明るく開放的な美術館」というシンプルというかベタな題名です。よくある公共建築のコンセプトで、拍子抜けするくらいあっさり書いてありますが、本当にそのとおりの美術館であるところが今日の評価の一端ではないでしょうか。同じお題目を標榜しながらもあんまり開かれてない施設・開かない運営もあるでしょうから。

吉村さん設計の住宅を見学させてもらいました。そこで配られた一枚のダイアグラムでコンセプトをあらわしています。これは第二世代にはあまり見られない、第三世代が好んで用いるプレゼンでもあります。これはもともとこうなのか結果なのかは判りませんが複雑な過程を総括するというか、還元するというか、素直に戻るというか…。
金沢第二世代だともっとなんというか……、う~ん…、戦う姿勢みたいな感じかな?… がします。空間と同時に提示されるものはもっと細密なドローイングとか、難解なコラージュとかでそこまであっけらかんと思考の始原を明かしません。
じゃあ彼ら金沢第三世代の意識が希薄なのか?もちろん否です。ルイス・カーンもダイアグラムで説明していましたし、どっちかというと一周して戻ってきた感じですかね。
カーンが出たついでに考えると彼の言った「オーダー・フォーム・シェイプ」のうちフォームをちゃんとやる感じが第3世代じゃないかとおもいます。バブル期とちがい高価な材料にこだわれない事や、説明責任という風潮には個人のセンスに汚染された形では対応できない状況も作用しているとは思いますが、ただそれは無理からではなく自然にやっているように感じます。




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木曜日, 5月 27, 2010

金沢の建築家5

松島建

15年ほど前に聞いた「室名をはずしても建築でありえるか」との松島氏の言葉は「建築とはなにか」と考えざるを得ない言葉です。




室名をはずしても…、とうのはそのまま受け取ると機能的な要請は本質的には枝葉のことであるように受け取れます。
ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは建築の3大要素として「強・用・美」を挙げました。「強がなければ用を果たさず、強・用がなければ美は形だけのもの、美がなければ建築ではない」というような事をいっています。それが建築を定義しているとすれば機能をはずすと建築ではありません。
それでは氏は「用」を軽んじているかというとそのような事はありません。機能からの要請をエクスキューズとすることを許さないという高いモチベーションが言後に隠されています。

先日ある建築関係者の会合で施主をないがしろにしたり、地域性や耐久性への考慮の浅いデザインばかりの建築家はだめだという批判があがり、ユーザー・地域性重視こそわれわれ専門家の為すべき事だとの意見が大勢でした。
そのようなカッコいいだけの建物はあるのでしょう、同時に機能性と耐久性しかない建物も同じだけあります。住宅も町並みの構成員であり、都市の文化を造っているとすればそれは機能無視と同じくらい批判される対象のはずです。

「施主が言ったから」「予算がないから」「敷地がせまいから」「いつもこうやってるから」などと言い訳しながら設計した住宅に住むユーザーに訪れる幸福感は薄らぐでしょう。


ユーザー重視・機能性重視・耐久性重視は必要条件であり十分なわけではありませんその必要条件を満たさない設計者は論外で声高に指摘することではありません。問題視されねばならないのは、ユーザー主義・機能優先をアリバイに実は広義・狭義ともにデザインを怠っている設計者ではないでしょうか。

そういえば松島さんの住宅が数年前「渡辺篤史の建物探訪」で金沢の住宅特集でテレビにでていましたね。

http://www.tv-asahi.co.jp/tatemono/html/housou/04/041225.html


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木曜日, 5月 20, 2010

金沢の建築家4



吉島衛

前回の平口氏、今回の吉島氏そして松島氏を加え3人を「金沢アトリエ派三銃士」と勝手に呼んでいます。

今回はそのうちの一人、吉島衛さんについて。
細いたれ目が人柄を表しているようです。とても紳士な方です。建築家はおしなべてエネルギッシュですが、力が抜けた雰囲気が漂います。手書きのスケッチがなんとも「味」があります。車が大好きなのに運転はあんまり好きじゃないらしいです。






20代は船越徹先生のアルコムで修行されました。「建築計画」の本流のような事務所だと言えるとおもいます。公共的施設を「制度側」からではなく「利用者側」から考えるという事を実践したパイオニア的事務所の一つです。「作家性」が強いその世代の建築家にあって、ある意味正当な系譜をたどってきた金沢で数少ない常識派ではないでしょうか。





だからなのでしょうか、よく口にされる言葉が「施主との価値観の共有」です。
これは当たり前のようですが施主の欲求実現にメーカーであれば「仕様」が、建築家であれば「創りたい欲望」が介在します、そこで大なり小なり施主に不満が発生します。これは他者に作ることを委ねる以上避けられません。しかし「価値観を共有」する、即ちクライアントと同化することができれば理論的にそんな事態は起こらないはずです。
個人住宅であっても「町並みへの参加」ということも常に意識しているのも「公共」の建築を考えるアルコムのDNAなのでしょうか。


もう一つの口癖は「上質で洗練されている事」です。「高級」とは違うようです。作品はローコストから大邸宅までありますが、「上質」を感じます。その訳を考えると、工夫されたプランではありますが「明快」で必要以上に複雑なプランではありません、非常に整理されています、視線の通り方や軸線を設定する手法などが住宅でも用いられています。デザイン的にも立体・面・線という事が非常に意識されこれも整理されデザインの格闘の痕跡は隠されていることに「洗練」を感じます。床の抜けたフィアットが一時期愛車でしたが「級」より「質」を重んじる吉島氏らしい伝説です。

私が最も敬服するのは相手を認めるということです。長くお付き合いさせていただいていますが「上から目線」を感じたことはありません。下の世代の建築家の意見にも対等に聞き入れます。良いものは良いと認めて、取り入れるべきは取り入れます。ただし「手を抜かれた建築」には短く厳しい言葉がぶつけられます。

「理論武装された醜悪な前衛より上質で端正な保守を選ぶ」という道もあるべきだと思わされる建築家です。

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木曜日, 5月 13, 2010

金沢の建築家3

平口泰夫



少年の私が初めて出会った建築家が平口泰夫さんでした。「建築の設計を自分の職業にしたいな~」程度のピンボケした夢が「建築家になる」事にはっきりフォーカスされた出会いでした。


JIA(日本建築家協会)の石川県支部の現会長です。
金沢の建築家のリーダー的な存在です。若手は何かと助言を求める頼もしくも厳しい存在であり、反面台頭しようとする若手の「おもし」でもあります。これまでの対話から平口さんの建築の評価の軸は「言動」と「空間」の一致という事であるようです。その言葉はいつも私に重く圧し掛かっています。



WEB上には「シンプル」「モダン」「スタイリッシュ」などのキャッチコピーの建築家HPが散乱しています。一方「あたたかな」「親しみある」系のHPも満載です。いずれも中を覗くとそのフレーズから想像できる「それ系」の住宅が現れ、各建築家お得意のスタイルがお目見えします。

彼の作品には今流行のモノトーンのキューブは見当たりません。いわゆる純和風住宅も見当たりません。ガラス質の軽い家もありません。装飾を否定しているわけでもないようです。
空間よりも状況が問われる時流の中にあって「住宅は多様化に対するオールマイティーをめざすものではない」とHPの中で平口氏は言い切っています。続けて「固有的欲求への対象としての提供である」と語りかけます。私ごときが超訳すると「お客様中心主義」でしょうか。
「平口スタイル」的な括りを見出そうとしても作品たちはそれを許してくれません。あえて言えば同じものを作らないのがスタイルなのかもしれません。固有的欲求への回答であるのならばそれは必然です。
お客様中心主義でノンスタイルといっても迎合したデザインではなく、正反対に強い主張があるかのごとき形態を見せます。私の中では前言と矛盾せず平口建築だとわかる何かがいつもあります。それは作品の多くが予定調和的な結論が不在であるからではないかと思っています。

あるコンテスト審査員の講評で(ウンザリするほど住宅を見ているはず)、「『きれいだね』と誰もがうなずく住宅はたくさんある、しかし『それだけ』では心は動かない」と言っていました。金沢で平口氏が各賞受賞歴トップクラスなのは『それだけ』ではないのです。

いいやきっと『それ』をそもそも問題にはしていません、でなければ常にファイティングポーズをとっている必要はないはずですから……。





平口建築研究室 http://www.hiraguchi-arch.jp/

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木曜日, 4月 29, 2010

金沢の建築家1

谷口吉郎
「金沢で建築やら…」と名乗っているので地元の住宅や建築家などを順次ご紹介しながら自分の思いも書こうかとおもいます。

初回は「地元の建築家」というと恐れ多いですが金沢と建築を語る時、避けて通れない巨匠谷口吉郎さんから始めなければとおもいます。

金沢市の名誉市民第一号、文化勲章受章、金沢が誇る偉人です。谷口吉郎さんは九谷焼の窯元がご実家で、東京工業大学の教授であり建築家でもあります。旧制金沢二中出身ということは現在の金沢錦丘高校、なんと私の大先輩ということになります。
同時代の建築家としては、前川國男、吉村順三、坂倉準三、丹下健三、これら綺羅星のごとく輝く近代建築の巨匠の一角をなしています。
息子さんは今や世界的建築家 谷口吉生さんです。お弟子さんには清家清さんがいらっしゃいます。
代表作は藤村記念館、資生堂会館、帝国劇場、慶応義塾校舎、東京国立博物館東洋館等多数あり、どれも歴史に残る名作とされています。
金沢に現存する作品はスカイビル、繊維開館、商工会議所、金沢中央ビルディング、旧石川県庁舎新館、金沢歌劇座など多数にわたります。

インターナショナルスタイルが主流で建築が抽象化されていく時代に「風土美」や「意匠心」といった事を重視し日本の伝統と近代建築との融合を図りました。最も分かりやすい特徴は「縦」を強調したデザインであることです。
これは障子や格子組みの意匠を意識していた、特に故郷金沢の町屋の格子からきているなどと指摘されています。一方、ドイツの新古典主義の建築家シンケルに影響を受けていたとの事も「縦」を強調する事に繋がっているとも言われます。
この縦強調を多用したのは先に述べた近代建築の先駆者たちの中ではめずらしい部類だと思います。コルビジュエの提唱した「横長水平連続窓」という強いテキストがあったにせよ、各人モダ二ズムと「日本的なるもの」との関係に積極的に取り組んでいたにもかかわらずそうはならなかった事を考えると、谷口吉郎の建築は「木造の格子」よりも「古典主義的意味合い」の方が比較的強かったのではないでしょうか。独立柱においては他の作家は地表を開放するための柱という扱いですが、谷口吉郎の場合は正面性や記念性的に扱われている感じがします。
(どちらが優れているということではありません。)


近代金沢の街並みと谷口吉郎
そして金沢の近代の町並みです。金沢もご他聞にもれず表通りでは伝統をスタイルとしての近代建築に明け渡しています。そのこと自体は必然だとおもいます。あくまで私的な印象ですが、特異に見えるのはそれが「縦強調」が多いことです。

壁の場合は縦長の窓の連続、カーテンウオールの場合でも縦方立ての強調、構造体を見せる場合でも柱がちなどの手法が多いように感じます。

さらに独断的な推測ですが、当時の金沢の建築家は意識的・無意識に関わらず地元のスーパースターの作品を参照していたことでしょう。そこに「古典主義的縦」を「木格子的縦」に都合よく誤読した結果ではないのでしょうか。横よりも縦は安易に割ってもイケテルデザインに感じます。しかしそのことで細心が鈍る事が多々あるのでしょうか。それとも見栄っ張りの金沢人気質を柱強調することで表現したってことは……ないですよね。

歴史は繰り返されるのでしょうか。最近はキューブ形の住宅を市内でもよく目にします。現在の金沢で最も評価が高い21世紀美術館、設計者のSANAAの作品を金沢のデザイナーも参照していることでしょう、彼らのノンヒエラルキーの考え方をまたも誤読するのでしょうか。

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